千葉の東京湾近くにある、わたしのお家は、
風向きによって、海の匂いがする。
海の匂いのするところは、
遠く離れたところにある、
わたしの生まれ育った場所も同じ。
朝、窓を開けて、
夕方、会社を出て、
寝る前に、ベランダに出て、
雨の降る日に、窓を開けて、
かすかに鼻孔に届いてくる、
空気の匂いは、
いつも季節を教えてくれて、
そして、たくさんの想い出のかけらを、
ほんの少しだけ届けてくれる。
実際に、思い出さないくらいがいい。
ほんのちょっとだけ、
そんな香りがするだけでいい。
ほんのちょっとだけ、
あの頃の記憶の入り口に触れるくらいが、
安全で、安心で、
そしてとても気持ちがいい。
涙のところまで深く届かず、
すーっと 風が触れるくらいが
とてもちょうどいいし、
そして、
いちばん美しい。