自分なんてダメだ ー“自信がない”のその後ろ
先日のブログにも書きましたが、
わたしたちは、
・初めてのことをやるとき
・やったことがないことにチャレンジするとき
こんなときには、膨大な恐怖心を伴います。
これはひとつの防衛本能で、
身体中(無意識や脳、過去の知識や経験)が反応して
危険察知も含めた、「恐怖」なので、
逆にないと困っちゃいますね。。
だから、なにかを始めようとしたときに
「怖い」
が出てきたら、
「なに ちょーわたしがんばってるじゃん!」
っていばっていいと思います。(笑)
ただですね、
「怖い」もそうなんですが、
「自分にはできない」「自信がない」
という感情が常にある場合、
それはちょっと、もう少し深いところを
みてみたほうがいいなって思います。
できない・自信がない は、
あなたの本当の感情じゃなかったりします。
じゃあなによ。(笑)
いい子ちゃん・いい人で生きてきた人へ
わたしたち人間は、生まれたての頃、
本能の部分から、自我が目覚めるまでの間、
ただひたすら、自分の欲求をストレートに出します。
おなかすいた!
ねむい!
おむつよごれてきもちわるい!
だっこしてほしい!
ここには、なんの遠慮もありません。
赤ちゃんが、
「すみませーん、ちょっとおっぱいいいですか?」
「あのー、お手すきだったらちょっとだっこしてくれますか?」
とか、言いませんよね。
ただ本能のまま、ただ欲求のまま、
遠慮せず、顔色もうかがわず、
「ぎゃーーーーん!」
「びえーーーーん!」
って、泣きさけびます。(笑)
これが、自分の本当の欲求に素直な状態でもあるんですが、
(大人になると流石に大声で泣いてアピールしませんけど)
いつから、遠慮するようになったのかなーってところなんです。
本来、子供であったわたしたちは、
基本的には、両親の庇護のもと、
両親を「安心・安全」な後ろ盾にして、
人生を歩んでいきます。
しかし、なにかしらの理由で
わたしたちは両親に対して、
なんどもハートブレイクしたりするのです。
ケースはたくさん起こりえます。
問題の大小も、
たまたま、そのときの両親の虫の居所とか、
たまたまトイレ我慢してたりとか。。(笑)
ただ、子供にとっては、
ものすごいハートブレイクだったりするのです。
それが原因で、
「本来の自分」で生きない!
ということを選択することもあります。
そのとき以来、
子供だったわたしたちは、
「本当のわたし」「ありのまま」を
禁止したりしてしまいます。
本当の自分でいると、怒られる
本当の自分でいると、嫌われる
子供の頃のわたしたちは、
親から嫌われると、死活問題ですからね。
一生懸命、子供なりにがんばろうとするわけです。
「いい子でいるから、愛してください」
これをずっとしていると、
あなたの中の、本当の、
愛してほしい
やってみたい
挑戦してみたい
を表に出せなくなります。
一番安心安全であるはずの、
両親にも出せないのですから、
外で出せるわけがない、となってしまうのです。
だけど、問題なのは、
ただいい子で、ただ我慢しているだけではないというところ。
我慢しているあなたの心の奥の深いところには、
わかってほしい!
愛してほしい!
認めてほしい!
そんな、いろんな気持ちが隠れています。
その、今までずっと押し殺してきた
あなたの本当の欲求のところの感情は、
ずっと見ずに、抑えこんできたため、
自分では気づかない、
「怒り」
であったりします。
怒りで才能が見えなくなってしまう
やさしいあなたは、いつも自分より、
大好きな両親を優先してきたかもしれません。
大人になってからは、
自分よりも、他人を優先してきたかもしれません。
そうしたとき、
「あ、わたしも欲しかったな・・・」
と思いながらも、
「どうぞ!」
って、たくさんのことを譲ってきたかもしれません。
それを繰り返していくと、
あなたが本当に欲しいもの
あなたが本当に手に入れたいこと
あなたが本当にうれしいこと
いろんな感情に関わる
「WANT」=自分の欲求
がわかんなくなってきちゃうんですね。
なにが楽しいのかわからない
やりたいことが見つからない
なんだかいつもやる気が起きない
このまま人生終わっちゃうのかなー・・・
って。
無意識で、大きな怒りを抱えているとき
あなたは無意識で、
その怒りを一生懸命抑えこんでいます。
どういう状態かというと、
大きな怒りのエネルギーが入っている大きな箱の
今にも噴出しようと暴れている怒りのフタを、
一生懸命押さえている状態です。
(無意識で)
毎日毎日、力を込めて
(じゃないと怒りが出ちゃうから)
一生懸命、押さえている状態です。
ぎゅっと。
(無意識で)
というと、片手、いつも塞がってますよね。
怒りが大きかったり、
何かしらの理由で感情が揺さぶられると、
両手で押さえなきゃいけなくなったりします。
(無意識で)
そうすると、
何か他にやりたいことやろ〜 ♪
って、気分になれます??
片手ふさがってるし。
ひどい時は、両手塞がってるし・・・
(無意識で)
毎日、意味もなく、
どーーーーーーっと疲れて終わりです。
心が疲れているから、
体も疲れて感じちゃうんです。
押さえることで精一杯。
ワクワクすること、やりたいこと、
見つけたくても、なんか意欲がわかない・・・
そうなっても、ごもっともです。
だって、めっちゃエネルギー使ってますもんね、
怒りを抑え込むのに。。。
そして、
あなたが本当に欲しいもの、やりたいことは、
その「怒り」の下に隠れています。
才能も、その下に隠れています。
だから、怒りをリリースする必要がありますね ♪
怒りのリリースの仕方
これはあくまでも一つの方法です。
実は、やさしい人はとにかく、
自分の「怒り」は見えづらいです。
認識しづらいのです。
なので、その怒りという、本物の感情は、
第二次感情に隠されていることが多いです。
どちらが第二次感情になるかは、
詳しくお話を聞かなくてはわからないこともありますが、
「悲しい」
「さみしい」
などですね。
じゃあ、その「悲しい」「さみしい」は
どこから来てるのか?
もちゃんと感じてみます。
感じるというより、
「見つけて、認識する」
です。
怒りを放出するよりも、
この「認識する」というのが一番大事です。
※ 常にいつも怒りっぽい人、いつも怒りの感情が出てきてしまう人は、逆に「怒り」が第二次感情で、
「悲しい」「さみしい」という、わかってほしい!愛してほしい! の感情が隠れている場合があります!
どちらかというと、怒りの下に本当の感情が隠れている!というパターンの方が多いかもしれません。
きっと、
「悲しい」「さみしい」の感情の下に、
わかってよ!
愛してよ!
抱きしめてよ!
大切にしてよ!
っていう、本当の気持ちが隠れています。
悲しいとか、さみしいとか、
そんなさめざめとした気持ちではなく、
地団駄を踏むくらいの、ヤダヤダな気持ちです。
これらを、やってもらえてない赤ちゃんって、
悲しい顔します?
さみしい顔します?
違いますよね。
猛烈に、烈火のごとく 顔を赤くして、
大声で、ぎゃん泣きするんですよ。
もし近くに、0歳児か1歳児くらいがいいなー。
まだしゃべれない赤ちゃんがいたら、
猛烈に泣いている姿に、自分を投影してみてください。
そう、その泣き方。
絶対に守られている
絶対に安全・安心な環境で、
必ず抱きしめてもらえる。
その環境で、
身体中の力を振り絞って、
全力で泣いている、赤ちゃん。
あの姿が、
あなたがずっと今までガマンして来た、
「愛してほしい」の欲求です。
今は、あなたが、あの泣き方をするときです。
そして、大人のあなたが、
そうやって泣いている、
愛してほしいをあきらめたときの、あの時のあなたを、
しっかりと抱きしめて、
しっかりと愛を注いでください。
愛してほしかったね
抱きしめてほしかったね
わかってほしかったね
褒めてほしかったね
一緒に遊んでほしかったね
自分を優先してほしかったね
この認識=自己受容 ができると、
あなたの自己肯定が出てきます。
やさしい人は、これが苦手。
でも、あなたの本当の欲求の声に、
素直になってみてください♡
人生が進み出します。
あなたはまるっとそのままでOK 〜オリジナリティ
自己肯定が高まると、
あなたがあなた自身で、
「わたし、このままでOK」と、
自分で自分自身にOKが出せるようになります。
そうすると、
自分のいのちを生きる力が出てきます。
自分を愛する力
自分のWANTに進む力
やる気、継続する力
これらは、あなたのいのちの源です。
今、そこにたどり着けていなくても、
ちゃんと、たどり着けます。
わたしたちの人生は、
ひとりひとりの魂の目的にしたがって、
そのプロセスに合わせて進んでいます。
人よりも遠回りしているような気がする
人よりも過酷な気がする(笑)
いろんな感じがすると思います。
でも、それらも含めて、
あなたは、あなたの「魂の目的=才能」
を使うべく、この地球に生まれてきています。
生きづらさは、
あなたがそれでもそのつらさを乗り越えられる
そんな才能を持って生まれてきている、
その証でもあります。
ひとりひとり、みんな違う。
あなたの才能を、開花させましょう。
「誰かのようになりたい」ではなく
あなたのようになりたい
と思われる、あなたになるのです。
開花というより、
しっかり抱きしめて、手を繋いで歩いていく感じ。
大切に大切に、
ずっと一緒に歩いていく感じです。
本来のあなたへに出会う、そんな目覚め。
いつも、応援しています٩( 'ω' )و ♫
Luv U ʕ•ᴥ•ʔ ♡